印旛沼ポタリング日記

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2014年 05月 23日

秋芳洞・萩、そして

退職する仲間に誘われて、以前から行ってみたかった萩に行ってみることにした。
その前に、是非にとのことで秋芳台、秋芳洞に行く。
そこに辿り着く前に商店街の商魂に地元出身の仲間は文句あるようだ。しかし、それも遠路から来た自分たちへの気遣いと思い、適当に相槌を打つ。(年行っての仲間同志の気配りだ。)
入り口。
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中は思ったよりでかい。九寨溝か。
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回廊が続く。連休だというのに、思いのほか人は少ない。友人によれば、これが地方の観光地の実態だと。
子供の声が響く。
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何かのかたち。
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地下にも富士山。
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上からも下がってくる。
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圧巻はこれ。全長10メートル以上は軽く有る円柱。これ全部が鍾乳石でできている。一体何年かかったんだろう。
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往復3キロの地底探検。閉所恐怖症の人にはきっと無理。
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でも、面白かった。
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その上が秋芳台。この下にあの巨大迷宮が潜んでいるとは・・・。
友人によれば、その昔は上に開いている穴から下に落ち込む事故が結構あったそうだ。そうなったら・・・、って思っただけでも怖い。
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萩往還を抜けて、萩に入る。
関ヶ原の戦いで負けてこの地に押し込まれた長州藩、唯一の出口が萩往還だったそうだ。確かに・・・。
松下村塾。
聞いてはいたが、小さい。
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しかも、この地で吉田松陰が塾を開いていたのは幕府の危険人物として長州藩のお預けになっていた僅か1年かそこらの話だと。
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30歳にも満たない松陰が育てた30数名の若者(その内半数は維新の動乱で命を落とす)がいて、今日の近代日本がある、と思うと感無量だ。
松陰神社。
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後で気づいて後悔したが、ここには松陰が小伝馬町で残した遺書、「留魂録」の原本があるのだ。(萩往還の道の駅で複製を見たので良しとしよう。)
安政の大獄で江戸に呼び出されるまで、藩で幽閉されていた部屋。
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うぅ~ん、なんか。やるせない気持ちになる。
萩の城下町を虚ろなきもちでそぞろ歩く。
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少し海岸沿いに走って、仙崎に着く。
ここは、あの有名詩人の生まれた場所。
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青いお空の底ふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、
昼のお星はめにみえぬ、
 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ。
実家は本屋さんだった。
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この部屋で、あの数々の名作が生まれた。
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隣の八百屋さんも良い雰囲気だ。(名産のなつみかんを買ったら、めちゃ旨だった。関係ないけど…。)
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角の乾物屋さん。今はタバコ屋ですけど。
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一緒に働いてきた仲間との別れに相応しい、いい旅でした。
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by imba_potter | 2014-05-23 23:44 |


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