印旛沼ポタリング日記

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2009年 12月 14日

播歩駄藩江戸攻め参陣記(前編)

ここ、墨田区両国三丁目(といっては味気ないですが、元の名は本所松坂町)の吉良屋敷跡では討入り前夜の13日、義士祭そして吉良祭が行われていました。(両方を称えるのが地元の暖かさですね。)
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嘗ては8,400㎡あったといわれる屋敷も、今はわずかに「首洗いの井戸」と幾つかの石碑が残るのみとなった場所ですが往時を偲ぶファンの方々で賑わっています。
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そこから、義士達の立ち寄りをすげなく断った回向院を経て向かったのは、両国橋。こちらの橋は向こう側に立ち並ぶ大名屋敷を避けて義士たちは渡らなかった場所ですが、前日吉良屋敷の偵察に訪れた浪士大高源吾、俳号を子葉、が俳句仲間の宝井其角と偶然出会って詠んだ歌、「年の瀬や みずの流れと 人の身は」(其角)、「あした待たるる この宝船」(子葉)で知られる両国橋です。
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という訳で、現代の赤穂浪士ならぬ播歩駄藩の「赤穂浪士凱旋の旅」はここから始まってゆきます。まずは浪士の後を辿り大川を下ってゆきます。
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次に訪れたのが、芭蕉庵。同時代人でもある松尾芭蕉が人生の多くを過ごした場所です。長らく場所が特定できなかったところ、大正年間の大津波でたまたま現れた芭蕉遺愛の石カエルがその場所を教えてくれたとか。小さな祠と、近くにある記念館でその遺徳を偲ぶ事ができます。
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更に下って、万年橋からの清洲橋の眺め。ドイツのケルンのつり橋に因んで作られたという謂れの通りの美しい河川風景が浪士の心を癒した事でしょう。(嘘です。)
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万年橋を渡って、永代橋に差し掛かると橋際にあるのが「ちくま味噌」。一晩の戦いで疲れた足を運ぶ浪士たちを甘酒でもてなしたという故事に因んで、両国からのポタリングで疲れた現代の旅人も暖かい甘酒でおもてなし頂きました。
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永代橋から望む佃島方面。今は摩天楼、浪士達の眺めた景色とは隔絶の感が300有余年の月日の隔たりを物語ります。
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甘酒で一息ついた現代の浪士一行は、ペダリングも軽くまだ遠いゴール、泉岳寺を目指して進みます。

中編に続く。
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by imba_potter | 2009-12-14 22:23 | 自転車(ポタリング)


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