印旛沼ポタリング日記

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2017年 07月 29日

カミーノ報告会に参加する

カミーノデサンチャゴ巡礼報告会に参加してきました。今回は巡礼つながりで日頃から一緒に歩いている人達のグループが主催で、7人の方々が報告してくれました。
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7人の方々のルート図です。なんと広く、ヨーロッパ一円に広がっています。
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沢山の出会いの話し、
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予想外のトラブル続きだった苦労の話し、
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途中の村々をスケッチして歩いた話し、などなどどれもこれもそれぞれのかけがえのない人生の一コマの話しばかりで感動しました。
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発表してくれた方々、この会を主催してくれた方々に感謝です。
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by imba_potter | 2017-07-29 21:51 | 日々のよしなし事
2017年 07月 23日

旅の終わりに教会がチラ見えた

(7月12日(水))
いよいよ今日で五島も終わりで、博多に向かいます。
有川の町、夕べ結構な夕立が降った様でした。
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フェリーの出発は10:50、時間がたっぷりあるので有川の港でのんびりと釣りを眺めていました。そうこうする内に乗船する時間になりました。
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いつもの様に一番先に乗船して係の人が自転車を固定してくれます。
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五島が遠くなってゆきます。♫さーらーばラバウルよ・・・♫の曲が胸を過ぎります。
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右手に昨日苦労してアップダウンの道を行った頭ヶ島が見えてきました。
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高速艇が走ってきました。こうしたフェリーが島と島を結んで活躍しているのですね。
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ひょっとして昨日訪れた頭ヶ島天主堂が見えはしないかとずーっと目を凝らしていました。やはり外海から目立たない様にと島陰に作ったのでしょう、向かいの島の陰に入ってしまって中々見えません。
あっ、あれは・・・。一杯に延ばした望遠レンズの先にそれらしき姿が映りました。
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更に望遠を伸ばしてみます。特徴的なドーム屋根、間違いありません。名残を惜しむかのように姿を見せてくれた天主堂、あの時の気持ちが蘇って胸が熱くなる思いでした。
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しかしそれもほんのつかの間、数分もなかったでしょうか。又島陰に姿は消えてしまいました。これで本当に五島の教会巡りも終わったんだと思いました。
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2時間くらいで佐世保に着きました。
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佐世保港は駅の目の前にありましたので、助かりました。手早く輪行を終えて、先ずはお昼。佐世保で食べたかったもの、それは佐世保バーガーです。駅の案内所で聞いて一番近い店に向かいました。
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行列ができていたのですが左程待たずに買う事ができました。味の方は…、マックとはやはり違いますがそれほど感動するものではありませんでした、というのが正直なところです。しかしお値段にはびっくり、大きいのが880円、小さいサイズでも530円でした。しっかりしたランチが食べられる値段です。
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まぁ、これで一区切り。あとは輪行で博多に向かいました。博多では昔の仕事仲間と会って一献傾ける予定だったのですが、残念ながら相手の人の急病で叶いませんでした。代わりに教えて貰った店で旅の垢を落とす事にしました。
大陥没のあと、今はすっかり補修されていました。
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流石に美味しい魚です。しかし今回は長崎、五島、博多と美味しい魚にはずぅっと恵まれてきました。普段食べている魚との鮮度の違いがはっきりと分かりました。
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ちょうど良い酔い加減になった頃、フラフラとホテルに戻りました。これは駅前に飾ってある博多山笠です。丁度博多祇園祭の最中なのでした。
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明日はLCCで一路東京に戻るのみ、4泊5日の教会巡りの旅が終わりました。
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by imba_potter | 2017-07-23 11:17 |
2017年 07月 19日

登ってみたら教会は眼下にあった

(7月11日(火))
五島の教会巡り、2日目です。
7時半、暖かいご夫婦に見送られて出発します。青方というのは上五島でも大きな町の様ですが、裏通りはこの様に静かです。
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最初に訪れたのは青方教会、この島全体のカトリックセンターとしての機能を持つ教会だそうです。どうりで随分立派な教会でした。
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上五島地区のキリスト教徒は17世紀から18世紀にかけて大村藩の厳格な取り締まりを逃れて移住してきた人たちが多いのだそうです。
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ひと山越えて次の目的地、青砂ヶ浦天主堂を目指します。湾の向かい側に遠く見えてきました。
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望遠で撮ってみますとこうなります。
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青砂ヶ浦天主堂、明治43年の建築、国指定の重要文化財になっています。石は頭ヶ島から、レンガは佐世保から船で運び信徒が一つ一つ浜から運び上げたのだそうです。
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内部はこうもり天井といって船の底のような形をしていて、周囲のステンドグラスと併せてとても美しいものでした。
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暫く前庭から湾の景色を眺めながら往時をしのんだあと、次の教会を目指しました。
丸尾教会、有川湾を望む高台に建っている教会です。
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こちらも中は誰もいなくて静かな空気の中で暫くじっとしているととても安らいだ気持ちになりました。前庭の聖母像越しに見える海がとても綺麗でした。
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ここまでで走行20km、大体今日の行程の半分です。ここで一旦今日の宿、有川の民宿に寄って荷物を預ける事にしました。民宿では係の人が見つからず、別館のお掃除をしていた叔母さん達の親切で何とか荷物を預ける事ができました。ここから10km先の頭ヶ島天主堂を目指します。
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単純に10kmなのですが、それはアップダウンの連続でした。途中の坂の上から見下ろす景色の素晴らしさに心を癒されながら休み休み進みます。
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途中で雨がバラっときました。今回季節柄雨は予想していたのですが、合羽はこの時に初めて着ました。その内雨の止んで友住という小さな漁港で合羽を脱ぎながら一休みしました。静か・・・、けど暑い。
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さぁ、ここから最後の登りが始まります。
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もう少し、もう少し、と励まし合いながら何とか登り切りました。
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そして、教会は?とキョロキョロすると・・・。“あそこにあるの、あれ教会?”と連れが言います。ふと見下ろせば、確かに眼下遠くに教会が見えます。あそこ?、という事は降りて帰りは又登る?どうもそういう事らしいです。
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激坂を下りました。国指定重要文化財、頭ヶ島天主堂。明治43年に着工、10年の歳月を費やして大正8年に竣工したそうです。
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日本では珍しい総石造りの教会、石は向かいの島から切り出して手漕ぎの船で一つずつ運んだのだそうです。
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教会の裏に拷問に使われて足に乗せられた石が記念碑として飾られていました。心が痛みます。
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教会堂の中でいつもの様に静かにその空気を味わいたかったのですが、2人連れの観光客を載せてきたタクシーの運転手が係の女性にしきりと話しかける声が絶え間なく会堂の中に響いて心が休まりません。思わず、“心静かにしたいので黙ってくださいませんか”と言ってしまいました。教会巡りの注意事項の幾つかの一つに、内部は祈りの空間であり静かにする、というのがあります。当然の事とは言え、地元の人に守られていないことには少しだけ残念な気がしました。
キリシタン墓地です。
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学芸員の方や駐車場で車の誘導をしている人と少しだけ話をしてから帰路に着きました。帰路というのは先程降りてきた激坂を登る事でもあるわけです。途中から教会を見下ろしました。当時無人島だったこの島に迫害を逃れて移り住み、こうした人里離れた場所に立派な教会を建てた人々の信仰心の強さに改めて心を打たれました。
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これで今回の旅の目的である教会巡りは一通り終わったので、有川に戻って少し遅いお昼にしました。正直言って、暑さ、湿度、激坂の3重苦で余り食欲はなかったのですが、今回逃してはならないもの、五島うどんを食べるのです。五島うどんは日本3大うどんの一つというらしいほどのものらしいです。少し細めの麺とあご(とびうおの一種)からとっただしが特徴の美味しいうどんでした。
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お土産を買ったりしたあと午後少し時間が余ったので、有川の街をブラブラとしました。海童神社は当時この地区で栄えた捕鯨の象徴として鳥居がクジラのあごの骨でできていたのでびっくりしました。捕鯨反対運動の人には見せられないものでしょう。(そういえば、うどん屋さんにもクジラのメニューがありました。)
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かき氷でもあれば、と思って地元の喫茶店によりました。昔懐かしいレトロな雰囲気の喫茶店、かき氷はありませんでしたが一杯づつ豆を挽いて入れてくれる 美味しいコーヒーと主人の気さくな叔母さん、常連さん達との会話は楽しいものでこれで五島の教会巡りも終わったんだ・・・、と思いながら余韻に浸っていました。
夜は居酒屋も兼営している民宿で新鮮な魚と五島うどんの夕食を頂いて早めに引き上げました。
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走行距離42.2km 総上昇量603m

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by imba_potter | 2017-07-19 09:42 |
2017年 07月 16日

仏検2級を受けてみた

フランス語検定、仏検の2級を受けてみました。
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受けてみた、というのはいささか不遜な響きがありますが、これから世の中に出る人々に憚ってこっそりとというニュアンスですのでお許しください。
7月中旬に1次試験がありまして、それは何とか合格。得点は82点、合格基準点は63点といいますからまぁそれほどお邪魔したわけでもないのでしょうか。因みに、1次試験の合格率は36%だそうです。(どや顔ではありません。)
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今日はその2次試験でした。2次試験は面接方式による会話の実技試験なのです。
集合時間の少し前に会場に着きました。ざっと見渡したところ受験者はうら若き(元を含む)女性陣が8~9割、残りは白髪交じりか、この○○っ、って豊田真由子さんに怒鳴られかねないご同輩が何人か、そんな感じでした。
場所はアテネフランセの地下1階の待合です。そこで集合時間ごとに呼び出されて会場の札を渡されます。1回に10人ずつですが、その頻度からして会場の部屋は20カ所位あるみたいでした。自分は3階の部屋でした。
部屋の外で待ちますと、中のやり取りの声が少しだけ聞こえてきます。うぅーん、中々苦労しているみたいだぞ。緊張が高まります。
係が案内して入室しました。
(試験官)こんにちは。(以下、必要な部分だけフランス語で。)
(自分)(微笑みながら)Bonjour,Messieurs Dames.(こんにちは。)
(試)お座りください。
(自)有難うございます。
(試)最初にご自分の事を少しだけ話て下さいませんか。)
(自)名前、年齢、家族、職業などを簡単に話す。
(試)毎日朝食は食べますか?(学生向けの質問ですね。)
(自)毎朝6時半に家内の作る朝食の音で目が覚めてしまいます。朝食の内容は・・・・(一通り説明する。)です。
(試)和食は食べないんですね。
(自)そうですね。いつもこの同じメニューです。
(試)テレビは見ますか?
(自)普段は見ません、というのは自分はテレビを見るより本を読む方が好きだからです。でも時によっては、自分の好きな番組がある時は見ます。例えば、今はツールドフランスをやってますよね。これは毎晩見ています。
(試)フランスが好きなんですか、それとも自転車が好きなんですか?
(自)両方が好きなんです。実際、去年、一昨年とフランス・スペインを横断する自転車巡礼の旅をしてきました。(ここでサンチャゴ巡礼の事をしばし話す。)
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(試)(巡礼の事は知っているらしく、話に乗ってくる。)
(突然)家庭ではどんな話をする事が多いですか。(老人2人暮らしの人には向かない質問です。)
(自)余り話はしないですね。(しないのが人生の知恵というものです、と言いたい気持ちを抑える。)偶にするのは共通の趣味である自転車の事とか、旅の事とかですかね。実際、先週は長崎と五島の教会巡りの旅に行ってきたんですよ。(ここでまた自分の話題に引き込む。暫くその話をする。)
(試)ご自分は楽天論者ですか、悲観論者ですか?(唐突な質問で、これは一種の圧迫質問かと思った。)
(自)なかなか難しい質問ですね。(と言いながら考えを巡らせる。)
Oui et Non. (どちらともいえますね。)どっちかというと職業柄(最初の自己紹介でもとの職業を言っている)心配症かも知れませんね。(実はここで一か所ミスをしてしまった。フランス語にない表現を英語的に言ってしまった。もっとかみ砕いてフランス語で言えば良かったと後で反省した。)

(ここで係員がドアをコンコンとノックして時間が来た事を告げる。)
(試)Merci beaucoup. C'est tout pour aujourd'hui. Bonne journée. (今日はこれで終わりです。良い日を過ごしてください。)
(自)Pareillement à vous.(皆様も。と最後に余裕のダメ押し、というか普通に大人の挨拶をして退出する。)

試験時間は5分、長いとも短いともいえない時間でしたが、幸運にも試験官が優しそうな男性(フランス人)と女性(日本人)で終始ほほえみを絶やさない中でコミュニケーションが出来たのは良かったと思います。
結果は来月の初旬に発表があるとのことでした。
(写真はサンチャゴ巡礼の時のものです。)

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by imba_potter | 2017-07-16 21:00 | 日々のよしなし事
2017年 07月 15日

静寂に心打たれる

(7月10日(月))
長崎でもう一つ記しておかなければならない事、それはホテルの自転車の対応がとても親切だった事です。自転車旅をしていて残念なこと、それは自転車について理解がされない事です。汚い、邪魔、見苦しいなどのイメージが染みついているのでしょうかとてもぞんざいな扱いを受ける事が多いのです。しかしながら、今度の旅ではその様な事は一度もありませんでした。ここのホテルでもとても親切に対応してくれて、わざわざ従業員の人が置き場まで案内してくれました。
さて、旅の本題です。今日から今回の旅の目的、五島の教会巡りに向かいます。五島まではフェリーで5時間の船旅、のんびりと向かいます。
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昨日訪れた居留地や大浦教会の丘が見えます。
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しかし、長崎というのはふか~い湾の奥にあるのですね、外海にでるまでこうして約30分程も湾の中を進みます。
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湾の入り口に白い教会が見えました。あとで調べてみたら、カトリック神ノ島教会というのだそうです。段々盛り上がってきました。
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乗船約3時間、最初の島福江島に着きました。我々は降りませんのでのんびりと車の下船風景を眺めていました。
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そこから五島の島伝いに更に北上します。海も凪いでまったりと、のんびりした船旅も良いものです。
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乗船すること5時間、13時過ぎに目的地中通島の奈良尾港に着きました。自転車も無事だった様です。
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係員の方に誘導されて1番に下船します。どうも自転車は先に乗って先に降りる、が原則になっている様です。
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いよいよ自転車旅の始まりです。わくわくしますが、この蒸し暑さ、そしていきなりの坂…。やはり巡礼の旅は修行の旅でもあるんですね。
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今日は6か所の教会を訪れる予定ですが、その1個目「高井旅教会」、赤い屋根が可愛い教会です。
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由来書きによれば昭和13年に100人の信徒が隠れキリシタンから帰依した、とあります。ということはその時代まで密かに信仰していたという事なのですね。抑圧の長い歴史と人々の心に刻まれた傷跡の深さを感じました。
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靴を脱いで中を見学させて頂きました。静寂な祈りの空間、いきなりの感動です。(内部は撮影禁止なので写真はありませんがステンドグラスが綺麗でした。)
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裏手の小さな棚田、こうした場所を耕しつつ信仰の自由を求めて移り住んだのですね。
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そこからもう一つ岬を廻って(廻るというのは別の言いかたでは坂を登ってとも言います)次の教会を訪れました。明治15年に創建された「福見教会」です。
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レンガ造りの立派な現在の教会は大正2年の建築だそうです。因みに、この地区は1799年に弾圧の厳しかった長崎の外海地区から移り住んだ5人の信者が始まりで、現在は住民の98%がクリスチャンという五島地区でも最も信徒の比率の高い地区なのだそうです。
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そこからまたひと山越えて次の教会に向かいました。
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「若松大浦教会」、普通の民家を買い取って教会堂としたのだそうです。屋根の十字架がなければ教会を分からないくらいです。
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こうした佇まいにも五島の教会の雰囲気が感じられていいですね。
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今も信仰の拠点になっているのが分かります。中で静かに休ませて頂きながら先人の想いに心を馳せました。
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更に北上します。次に訪れたのは「中ノ浦教会」、今回訪れてみたかった教会の一つです。
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小さな入り江に沿って立っている清楚な佇まいが素敵です。
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ここでも中で暫く静寂の中に身を置かせて頂きました。こうした静けさの中での時間がとても貴重に思えて、それは来る前には分からなかった感動の時間でした。
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次に向かったのは「真手ノ浦教会」、こちらは平成22年の建築といいますから比較的新しい教会です。入り江を見下ろす高台にあります。
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そこから人々の暮らしを優しく見つめるかのようなマリア像が印象的でした。
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更に北へ向かって今日の最後の教会、「跡次教会」が見えてきました。高台にある教会です。
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自転車を坂の下に置いて激坂を歩いて登りました。
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これで今日の行程は終了、青方という町にある旅館に向かいました。
どこの教会でもそうですが人がいなくて静かな空間の中に身を置いて暫く過ごしていると、その空間の清らかな空気に心が洗われる様な気持ちがするのは想像していなかった新しい発見でした。教会の清楚な佇まいも去年、一昨年と訪れた西欧の教会の圧倒するような佇まいとは真逆なところが良かったのかも知れません。
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その晩はとても気さくなご夫婦のやっている地元の宿で、美味しい五島の魚を腹いっぱいご馳走になりゆっくりと寛がせて頂きました。
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走行距離28.8km 総上昇量428m






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by imba_potter | 2017-07-15 09:04 |
2017年 07月 14日

長崎は今日も雨だった

(7月9日(日))
羽田発の全日空便に乗って一路西へ向かいました。行く先は…。
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はい、長崎です。(本当の目的地は更にその先にあるのですが。)
先ずホテルに荷物を置いたら、その足でお昼を食べに出かけました。直ぐとなりが中華街、先日行った横浜の中華街と比べると幾分小ぶりですがその分親しみがわきます。
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長崎といえばこれでしょう、はい。ちゃんぽんです。江山楼というこちらのお店、ホテルの紹介だけあってなかなかのお味でした。具は普通ですが、スープが濃厚な中にもあっさりとしている、これまでにない味です。
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空はどんよりとして、雨がぱらついています。流石に長崎、今日も雨みたいですね。雨の中、ホテルで借りた傘をさしてブラブラとします。ここはオランダ坂というらしいです。別にオランダ人が作ったという訳ではなく、この辺りにあった西洋人の居留地の辺りで見かける外国人を総称して当時はオランダ人(今はアメリカ人ですが)と言っていた事に依るのだそうです。
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旧居留地から見た大浦天主堂です。手前のお寺が遮ってますね。
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一旦下って、又登る。途中にもオランダ坂がありました。
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その下には孔子廟があります。オランダあり、中国あり流石長崎です。
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なんとか、かんとか発祥の地。うーん、流石です。こういうの本当に一杯あるんです、文明ここに始まれりって感じですかね。
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1865年、フランス人の宣教師によって建てられた大浦教会です。この頃はまだ1873年に禁教令が解かれてキリスト教が解禁される前の時代ですが、フランス人居住者向けに建てられたのだそうです。そして3月の落成後まもなく、隠れキリシタンの信徒の一団がが来て神父に洗礼をお願いしカミングアウトした、という信徒発見の逸話のある教会です。いわば日本のキリスト教が復活したその場所なんですね。内部は写真撮れませんでしたが、西欧の教会様式ですが日本的な細やかさの感じられるとても素晴らしいものでした。
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その後すぐ裏手にあるグラバー亭はパスして、一旦路面電車で移動して原爆関連の場所に向かいました。有名な平和公園の平和の像、北村西望作です。爆心地のすぐ近く、戦時中は刑務所だった場所に公園を建てたのだそうです。公園の前で被爆者の人が解説をしてくれたのですが、最近は日本語が通じない人が多くてと嘆きながら語る逸話には思わず目頭がジーンとなりました。
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浦上天主堂が見えます。爆心地に近かったのでほぼ全壊してしまった様です。
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偶然にも永井隆博士の旧居跡、如己堂の前を通りかかりました。もっと離れた場所かと思っていたので見過ごすところでした。
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永井博士は当時難病であった結核との戦いで自らレントゲンの被ばくをし、余命あと3年と言われていた折に更に原爆で被ばく、原爆で奥さんを失った困難な状況の中で2人の子供とこの2畳の小さな家で暮らしつつ様々な著作を通じて原爆の悲惨さ、平和の尊さを訴え続けた人です。昭和26年に亡くなる前年、ヘレンケラーもこちらを訪れています。
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そして、浦上天主堂。現在は立替えられていますが、一部に当時の像が残されていました。永井博士の著作、長崎の鐘の舞台です。
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コンビニの店名にも平和の文字が、長崎は本当にその尊さを体感する場所です。
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本当はこの後、今回の旅のメインテーマの一つでもあり弾圧の中17世紀初めに26人の信徒が磔にされた西坂によって行きたかったのですが自転車用のサンダルで10千歩歩いた足が痛くなってきたので諦めました。そして、夕飯はこちらの通りの海鮮居酒屋で頂きました。
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一日目、おわり。
走行距離 0km。



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by imba_potter | 2017-07-14 18:08 |