印旛沼ポタリング日記

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2017年 07月 14日

長崎は今日も雨だった

(7月9日(日))
羽田発の全日空便に乗って一路西へ向かいました。行く先は…。
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はい、長崎です。(本当の目的地は更にその先にあるのですが。)
先ずホテルに荷物を置いたら、その足でお昼を食べに出かけました。直ぐとなりが中華街、先日行った横浜の中華街と比べると幾分小ぶりですがその分親しみがわきます。
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長崎といえばこれでしょう、はい。ちゃんぽんです。江山楼というこちらのお店、ホテルの紹介だけあってなかなかのお味でした。具は普通ですが、スープが濃厚な中にもあっさりとしている、これまでにない味です。
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空はどんよりとして、雨がぱらついています。流石に長崎、今日も雨みたいですね。雨の中、ホテルで借りた傘をさしてブラブラとします。ここはオランダ坂というらしいです。別にオランダ人が作ったという訳ではなく、この辺りにあった西洋人の居留地の辺りで見かける外国人を総称して当時はオランダ人(今はアメリカ人ですが)と言っていた事に依るのだそうです。
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旧居留地から見た大浦天主堂です。手前のお寺が遮ってますね。
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一旦下って、又登る。途中にもオランダ坂がありました。
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その下には孔子廟があります。オランダあり、中国あり流石長崎です。
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なんとか、かんとか発祥の地。うーん、流石です。こういうの本当に一杯あるんです、文明ここに始まれりって感じですかね。
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1865年、フランス人の宣教師によって建てられた大浦教会です。この頃はまだ1873年に禁教令が解かれてキリスト教が解禁される前の時代ですが、フランス人居住者向けに建てられたのだそうです。そして3月の落成後まもなく、隠れキリシタンの信徒の一団がが来て神父に洗礼をお願いしカミングアウトした、という信徒発見の逸話のある教会です。いわば日本のキリスト教が復活したその場所なんですね。内部は写真撮れませんでしたが、西欧の教会様式ですが日本的な細やかさの感じられるとても素晴らしいものでした。
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その後すぐ裏手にあるグラバー亭はパスして、一旦路面電車で移動して原爆関連の場所に向かいました。有名な平和公園の平和の像、北村西望作です。爆心地のすぐ近く、戦時中は刑務所だった場所に公園を建てたのだそうです。公園の前で被爆者の人が解説をしてくれたのですが、最近は日本語が通じない人が多くてと嘆きながら語る逸話には思わず目頭がジーンとなりました。
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浦上天主堂が見えます。爆心地に近かったのでほぼ全壊してしまった様です。
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偶然にも永井隆博士の旧居跡、如己堂の前を通りかかりました。もっと離れた場所かと思っていたので見過ごすところでした。
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永井博士は当時難病であった結核との戦いで自らレントゲンの被ばくをし、余命あと3年と言われていた折に更に原爆で被ばく、原爆で奥さんを失った困難な状況の中で2人の子供とこの2畳の小さな家で暮らしつつ様々な著作を通じて原爆の悲惨さ、平和の尊さを訴え続けた人です。昭和26年に亡くなる前年、ヘレンケラーもこちらを訪れています。
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そして、浦上天主堂。現在は立替えられていますが、一部に当時の像が残されていました。永井博士の著作、長崎の鐘の舞台です。
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コンビニの店名にも平和の文字が、長崎は本当にその尊さを体感する場所です。
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本当はこの後、今回の旅のメインテーマの一つでもあり弾圧の中17世紀初めに26人の信徒が磔にされた西坂によって行きたかったのですが自転車用のサンダルで10千歩歩いた足が痛くなってきたので諦めました。そして、夕飯はこちらの通りの海鮮居酒屋で頂きました。
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一日目、おわり。
走行距離 0km。



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by imba_potter | 2017-07-14 18:08 |


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